経営者にとっての「顧問心理士」

経営者が陥る心理状態

経営者の方々は多くのプレッシャーにさらされながらも、孤独の中で様々な判断を求められています。決して終わることの無い金策、業績、そして人材育成などにも目を配り続けながら、自分自身のメンタルも維持しないといけません。なかなか過酷ですが、鶏頭牛尾、上を目指される方はチャレンジングな勇気ある姿勢を好むようです。

経営者になろうとした方の中には、自分のメンタルの強さについて自信があるという方もおられるでしょうが、どんな方でも時に眠りにくい夜があり、時に追い詰められて自分の判断が「わからなく」なることがあったりと、どんな問題や苦境も難なくやり過ごせるということはないのです。特に何か大切にするものがあれば、なおさらのことです。

実際に、自分がこのような余裕の無い状態になるとは思いもしなかった、というのは私の仕事ではしばしば耳にすることです。思い通りにならないことがあると、人の気持ちは揺らぐのが自然なのです。

課題と行動

何とかしなければならない課題に直面しているとき、人は3つのベクトルのどれかを意識せずに選択しています。1つ目は課題に向かっていく方向、つまり何とかしようと問題解決に向かいます。2つ目は課題から離れる方向、つまりちょっと時間・空間的なスペースを持つことで余裕を取り戻したり、一時的に回避したりするのです。そして3つ目は課題を前にとどまっている、つまり我慢・忍耐なのです。私たちは、この3つの全てをバランスよく持つことでその課題に対しても適応的に対応していくのですが、それらのうち1つのパターンに囚われて離れられなくなると余裕がなくなり、自分や人を追い詰めることになってしまう、ということが多いのです。

それぞれのパターンについてもう少し具体的に説明すると、問題解決方向の場合には、問題解決に向かうのことは良いことなのですが、そればかりになってしまうと、思い通りに動かない自分や人、状況に対して怒りを振りまいてぎくしゃくした環境を作ってしまいます。余裕を持つための回避方向の場合には、問題に向かって疲れたとき、問題に圧倒されたとき、煮詰まったときにちょっと余裕をもって見直したり、態勢を整えて力を蓄えたりすることは必要なことですが、問題自体に目をつぶってしまうと問題は残ります。問題に直面した時に耐えられることは必要なので、自分の限界を理解しながら意味のある忍耐の時期を過ごすこともありますが、させられ感でサンドバックのようにたたかれているだけのような状態なのであれば、殆ど被害感ばかりが募って心理的にもすり減ってしまいます。

自分の行動や傾向については、行動理論にも理解がある心理カウンセラーなどからの客観的な視点をもらうことで、自分のことを客観的にみる訓練となり、自分の行動や傾向のパターンが分かれば自分でもチェックしていくことができるようになるでしょう。

もう一つの行動、自分の声を聴く

経営者の方が様々な課題に直面した場面で、その課題をどのように感じ、受け止め、対処していくのか、ということについても十分に検討しながら、取り組みを進めていくことはできますが、もう一つ、心を健康に維持するために大切なことがあります。それは、自分の深い「気持ち」、心の声に耳を澄ませることです。

急に、心の声などと言われても、ピンとこない方もおられると思いますので、ここでその説明をいたしましょう。

様々な課題にスピーディーに対応することが求められる現在、そのスピードに慣れることでいい面もあるのですが、見えなくなってしまうものが沢山あります。例えば、新幹線に乗っている時には、線路脇に生えている草や、風のそよぎを感じることはできません。

沢山の課題を乗り越えてきて、ふと我が身を見るといつの間にか沢山の傷がついていることもあるでしょう。それも勲章かもしれませんが、そのいくつかは癒されないまま、自分に影響をもたらしているかもしれません。

人に心を開きにくくなっていたり、感情の制御のバランスが難しくなっていたり、自分が本当に大切にしたいものを見失っていたりなど…。

心理カウンセラーの存在

心理カウンセラーは、目の前の方と時間を過ごす中で、心の奥深いところから語られる言葉を理解しようとして、一緒にその言葉に耳を傾けようとします。そして、心の傷が重なり、いつの間にかかさぶたが硬い鎧のようになってしまうことで自分の自由が失われてしまっているのであれば、本人と話し合ったうえで再び自由を取り戻すための支援を提供するかもしれませんし、癒されていない傷がある場合には、一緒にその手当をするかもしれません。

何かをするというよりも、何もしないで存在を感じる中で自然な回復力がバランスよく取り戻されていく、そんなお手伝いとなることもあるでしょう。

支えを持つ

人は、何かしら支えを必要とします。過去の経験だったり、身近な方であったり、今は目の前にいない尊敬する方であったり、様々でしょう。心理カウンセラーも、その一つとなることがあります。そのような支えとの交流を楽しみ、じっくりと感じることは、心身のエネルギーを満たす体験となるでしょう。

忙しいからこそ、時折そのような自分の心のメンテナンスをしていくことは、心の健康を維持し、身近な親しい方、心を開きあえる方々との対話をしやすくさせるものだと思います。

問題を跳ね返すような硬い力強さ、苦しみを癒し、やりすごせるようになる柳のような柔軟な強さ、様々な強さを持ちながら、皆様の活動がさらに発展していくことを通して、よりよい社会を目指す人間が協働・共存していけることを祈念しております。

玉井仁

玉井仁

玉井心理研究室主宰。臨床心理士・公認心理師・精神保健福祉士。 現・東京メンタルへルス(株)・カウンセリングセンター長、東京未来大学非常勤講師。 15,000時間以上の個人臨床、15年以上の集団臨床を行ってきました。企業・講演も100回を超える。 ロンドン大学UCL卒業後、帰国して引きこもり支援施設で勤務、開設に携わる。 公的教育機関にて教育相談員として勤務の後、CIAP嗜癖問題研究所付属相談室相談員、IFF(家族機能研究所)室長を務めたのち現職。都内精神科クリニックにおいても長く認知行動療法を中心とした集団療法を実践。

コメントを残す